もし、あと一週間あるいは一ヶ月の命なら、生を考える


死の話しは忌み嫌われていますが「死を考えることは今を生きること」ではないかと感じています。

もし私が余命一週間あるいは1ヶ月の宣告を受けたら、どうしたいかを真剣に考えてみました。

拒否・否定や自暴自棄の段階を終えて受け入れ可能になってからですが、仮にお金が自由に使えるとしたら貯金はしないでしょうね。

貯金はある意味、将来も変わらずに生きている前提で貯めるものかと思います。

想像は難しいですが、今の仕事(介護)は続ける気がします。
それこそ日々一期一会で接すると思います。

もし、職場の人から思い残すことが内容にある程度のお金と休みを貰ったら今まで縁のあったセラピストさんに会いに行くと思います。

皆さんはここ4~5年に出会った方ばかりですが、忘れてられない人ばかりです。

出会ったキッカケは人生どん底期に助けられ励まされたことからです。
もし人生どん底期がなく平穏無事な毎日を送っていたら出会わなかった人々です。

それを思えば、人生は辛いことも含めて無駄はありません。
川で溺れて初めて空気の大切さを知るように、不幸になって初めて人の思い遣りや優しさに気付きます。

大切な方を亡くされた方には辛い記事かも知れませんが、冗談半分ではなく真面目な内容ですのでお許し下さい。

人は決して他人も分は生きられません、しかし他人の死に遭遇して今の生をより大切に生きられればは、その方の思いは生き続ける気がします。

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